「世界の分断」や「気候変動」が顕著になってからというもの、各国ともそんな余裕がなくなってしまった様で、一時期は盛んに議論が進んでいた「ベーシックインカム」への動きが一気に萎んでしまったのは残念な限りです。
自分自身が、不動産所得を糧としたFIRE生活を始めてから、自分自身も含めて今までの働き方を振り返ったり、これからの働き方を考えてみたりする中でも「ベーショックインカム」は自分自身も幸せになれる施策である様に感じています。
FIREも種別や定義が様々ありますが、今の自分のFIRE生活は「もし、ベーシックインカムが実現したらこんな感じ」に近しい暮らしなのではないかと思います。
暮らしの形としては「年金暮らし」も近しいのでしょうが、人生のステージが全く違いますし、原資の仕組みも異なりますので、意義も違っている様に思います。
「ベーシックインカム」によって実現されるのは「自分自身が必要最低限の生活を送るための労働力を搾り取られる」事がなくなり「ワーキングプア」の社会的回避につながる様に個人の経験からは感じています。
過酷な労働を長時間強いられなければ生計が成り立たない立場にいる人たちも多くいる今の社会です。「ベーシックインカム」で必要最低限の生計が成り立てば、その様な労働に人生の多くの時間を割く必要もなくなりますし
- 自分の人生を納得して送るための仕事
- 自分の人生を豊かにするための仕事
- 自分の大切な誰かや家族のための仕事
- 社会一般で語られる「普通」の生活を維持するための仕事
- ゆとり費を目的とした仕事
などなど「働く目的の選択肢が広がる」様に思います。
多くのブラック企業や各種ハラスメントも
「仕事上の立場が危うくなったら生活困るでしょ?生きていけないでしょ?」
を背景にチラつかせて抑え込んでいる様に思いますが、世の中の皆が
「別にクビになっても食うに困りませんから」
になれば我慢などする事なく、より良い職場に転職するだけです。
「ベーショックインカム」によって必要最低限の生活が成り立てば、生活が逼迫してしまったが故の強盗や犯罪が減るかも知れません。
また多くの芸術家や表現者、研究者、執筆家など世に出るまでには、なかなか生計が立たない生き方を選んでいる人にとっても、生活のためのアルバイトが必要なくなり、創作活動に専念できるかも知れません。
難しいのは「必要最低限の生活」は人それぞれなので、その基準には多くの議論が必要な様に思いますが、そこは「走りながら整える」しかないのだろうと想像します。
生まれたその日に「ベーシックインカム」の権利を付与して、その代わり生活保護も老齢年金も、障害者手当も子供手当も全部なし。行政の事務負担やコストも大幅に削減されそうです。
「ベーシックインカムは労働意欲を削ぐ」という論調もありますが、それは「働かなければ生きていけない労働者を確保したい人々」の理論だったり「資本主義の基本は弱肉強食の競争社会賛同派」の人々に偏った考え方にも思います。
富裕層は「雇用される労働」とは「無縁」ですし、彼らは手元の資産を活用して、利潤を生む仕組みを雪だるま式に作り上げていくだけですから、決して自らが雇用されて労働する事はありません。
AIの台頭もありますし、この先は更に「労働力の機械化・自動化」が進みます。
人々は
「富裕層の利益を生むことを目的とした労働から解放」
されて
「働かなくても必要最低限の生活が成り立つ社会」
の中で
「社会一般の普通の暮らし / プラスαの人生を送る事を目的に働く」
ができると単純に良いと思うのですが、どうでしょう?